「贋作・オセロー」初日まで、あと4日。
いよいよ現実味のある数字になってきた。
この作品、正直めちゃくちゃ体力を使う。
立って喋ってるだけなのに、通し稽古後は酸素不足。
表現って、結局スポーツなんだと思う。
シェークスピアの時代の演劇も、たぶん観戦型だった。
今回の『贋作・オセロー』は、物語を味わう作品じゃない。
目の前で起きるエネルギーのぶつかり合い。
観客も巻き込まれて、最後の瞬間を迎える。
スポーツを観る感覚で、観に来てほしい。
スタンディングオベーションって、
実は「感動の量」だけでは説明できないと思っている。
大きく分けると、
身体が勝手に立ってしまうもの、
空気に引っ張られて立つもの、
様式として立つもの。
本物は、最初のやつ。
鳥肌が立って、息が詰まって、
感情が処理しきれなくて、身体が反応してしまう。
だからこれは「評価」じゃない。
観客の内側が溢れた結果なんだと思う。
「贋作・オセロー」初日まで、あと6日。
通し稽古を2回。全員が全員プレーで走り続けている。
誰も自分のために芝居をしていない。
次へ、次へと、全力でバトンを渡していく。
板の上では疲れを感じない。
終わってから、足の血やアザに気づく。
でも、そんなことはどうでもよくなる。
人生で何回あるだろう、体を賭けて挑める瞬間が。
上演できること自体が、奇跡だと思っている。
最高を届けるため、全員でゴールテープを獲りにいく。
「贋作・オセロー」初日まで、あと7日。
通し稽古を2回終えるたび、立ち上がれないほど消耗する。
腹で声を出し、頭が割れそうになるまでやり切る毎日。
それでも思う。――青春してるな、と。
青春は年齢じゃない。
情熱を持って、挑戦し続けている“今”そのものだ。
辛いのに楽しい。
想いはただ一つ、最高のものをお客さんに届けること。
大人たちが本気で集まり、全力で創るこの時間。
確実に、僕は青春時代だ。
「贋作・オセロー」初日まで、あと8日。
本気で、生きてますか?
演劇で嫌われるのは「予定調和」。
先が分かっている芝居は、エネルギーが死ぬ。
結果がどうであれ、
目の前の出来事に全力で向き合う。
それが、人を惹きつける。
演出家は言った。
「固めなくていい。獣になってください」
何が起こるか分からないから、目が離せない。
残り8日。獣のように、本気で生きる。
「贋作・オセロー」初日まで、あと9日。
演劇のチケットは、僕にとって“信頼の証”。
結果が約束されないものに、先に時間とお金を差し出してもらう行為です。
案内の反応は、5割スルー、3割スタンプ、2割返信。
正直、この数字に向き合うと心が折れます(笑)。
それでも「行けないけど頑張って」は、僕は嬉しい。
スルーより、ずっと気持ちいい。
残り9日。
本番まで毎日、作品創りも告知も、やり切ります。
今日は初めての通し稽古。
見える景色も、得られるものも、まるで違う。
シーン稽古はミクロ。
感情や間、呼吸を磨く時間。
通し稽古はマクロ。
物語を一本の生き物として立ち上げる時間。
経済と同じで、
マクロだけでも、ミクロだけでも足りない。
終わった後の第一声は「酸素!!!!」
究極のチームプレイとバトンリレー。
妥協せず、最高を創る。
…体力、つけなくちゃ!
「料理は器で食わせろ」
演劇も同じだと思っている。
作品が大事なのは大前提。
でもチラシなど、“目で楽しめる要素”が持つ力は大きい。
ただカッコいいだけじゃ足りない。
一瞬で世界観が伝わって、「面白そう」と感じさせること。
そこで今回は、
キャスト写真ではなく、全面イラストで攻めることにした。
全信頼を置く、もりいくすおさんに世界観を託し、
400年前と現代が交差する一枚が生まれた。
始まる前から、ワクワクさせる。
すでに、エンタメだ。
「料理は器で食わせろ」
演劇も同じだと思っている。
演劇は、何を観せられるかわからない状態で
チケットを買ってもらう表現だ。
だからこそ、
「これはきっと面白い」と感じてもらう“器”が必要になる。
そのひとつが、チラシ。
そして今回、その核になるのが題字だった。
題字は、杉本健爾さんに書いてもらった。
『オセロー』と向き合い、想いを受け取った上で生まれたこの文字は、
舞台への期待を一層引き立ててくれる。
再演まで、あと13日。
感謝の念でいっぱいです。
俳優には大きく分けて
「緻密型」と「憑依型」があると思っています。
どちらが良い悪いではなく、在り方の違い。
僕は完全に緻密型。
計算に計算を重ねて芝居を作ってきました。
憑依型になろうとして、悩むのもやめた。
だからこそ迎えた
「贋作・オセロー」初演。
計算が、できなかった。
気づいたら、憑依していた。
緻密と憑依が同時に存在する、
不思議で危険な舞台。
それが「贋作・オセロー」です。