
https://playjapan.jp/fake-othello2026.html
(※長いです。熱くてウザいです、すいません。)
「贋作・オセロー」の稽古に入って、
なんでそこまでやるのか?って、普通は思いますよね。
おかしな人種ですよね、俳優って。
一方、観劇人口は明らかに減っています。
YouTube、TikTok、Instagram、Netflix、スマホゲーム。
すぐに楽しめて、すぐに答えが返ってくる娯楽が次々に生まれる中で、
さらにコロナで激減し、そこから他の娯楽へ一気に流れ、劇場に足が向かなくなった方が大多数。
そんな中での
演劇の価値って、なんなんだろう?
これを、真面目に考えてみました。
どうしたら、この熱量が「観たい!」に変わるのか分からなくて、いろいろと考えています。
ウザいです、すいません。
今は、
答えがすぐに手に入る時代。
娯楽が山のようにある中で、
スーパーアナログな演劇の価値って、なんなんだろう?
存在価値はあるのか?
果たして、やる意味はあるのか?
原点まで戻って、考えてみました。
スルーされがちな告知案内。
それでも、やっぱり観てほしいじゃないですか。
じゃあ、この時代に提供できる
演劇の価値って、なんなのか。
ーーー
一昔前の演劇は、
個人的には「時代の中の叫び」だった気がします。
答えがなかった時代に、言葉にできない怒りや違和感を、
舞台の上で誰かが代わりに叫んでくれた。
だから、共感して、熱狂する人が集まってきたんじゃないかと。
じゃあ、今は?
答えはすぐに出せるし、HOW TOの答えは溢れかえっている。
そんな時代に、演劇を観たら、どうなるのか。
「映画でよくない?」――これ、よく言われます。(比較するものじゃないんですけど。)
そんな時代での演劇の価値はなんだろう?
わからないなりに出した、今のところの答えは、これです。
「答えが出ないこと」
「アナログな人間たちが見せる、人生の覚悟と、生きることへのエネルギー」
「体験の共有」
演劇は、答えが出ない。
答えは、それぞれが持って帰る。
そして、それを生身の人間が、芝居で、身振り手振りで、音圧で、オーラで、お客さんの目の前で伝える。
そのエネルギーを受け取ったお客さんが、「明日も生きよう」って思える。
その感覚を、共有してもらう。
今のところの答えは、これになりました。
だからこそ、作品創りは、よりエネルギッシュに。
デジタルでは伝えられない、生身の人間の覚悟を、目の前で見せなくちゃいけない。
じゃないと、なんのために舞台から届ける作品創りをやってるんだ?
「人の心を動かすためだろ。」
もがけ、神木優。
そんなことを思いながら、明日もまた、人生を賭けて、命を削って、稽古して宣伝します。
ごめんなさい。
本気なので、うざかったらすいません。
それでも、とにかく観ていただきたいんです。
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2月3日から8日まで。
池袋・シアターグリーンにて。
「贋作・オセロー」
本気上演いたします。

